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2005/01/16

10年目

「10年目」が今年のキーワード。

あの震災から。
それが間接的原因で会社を辞めたこと。
父が事故で身体障害者になったこと。
三原順が死んだこと。

どれもがしんどい事でした、一度に来たからやり過ごせたのかも知れないなぁと。

その阪神大震災から17日で10年。
その当時は大阪のアクセサリーメーカーに勤めていてディスプレイとかの仕事や直営店の担当をしておりました。
2月には神戸にあった直営店が再開を命じられ、
「こんな時に誰が買うねん?」と疑問噴出させながらもどうにか開店。
それが売れるんですね、スタッフもびっくりしてました。
避難所から親子が来てくれて、
「せめて綺麗なものを身につけていたい」
「現実逃避したい」と買ってくれたとか。
もちろんスタッフも避難所や代替バスに乗って何時間もかけて通ってくれる子とかが、そんなお客様のために一生懸命やってくれてましたっけ。
今思い出しても熱くなる日々でした。

でも同じ神戸のお店でも再開の目処がつかずに辞めてもらう子もいました、こっちのほうが辛かったです。

私は週に一度くらいのペースで、まだ運送業者も動いてないころ、商品や修理品やらを持って神戸に通いましたっけ。
青木から代替バスに乗って三ノ宮へ 参考 交通手段がこれしかなかったから、何時間もアスベストなんかを吸いながら延々待ってバスに乗るわけですね。
震災の記憶を辿れば色々あるけれど、その時のこの一言が今でも鮮明な場面と共に残っています。

寒いし、ホコリだらけだし、行列の先は見えないし、バスも来ないし、今日もじっと待つばかり…
と誰もが思っていた、そんな時に男の人が

「おい、いつまで待たせるねん!」と怒鳴った。
(おいおい、あんただけちゃうやろ?)と思っていたら、
どこかの列のおばちゃんが叫んだ、

「私の息子はいつまで待っても帰ってけぇへんねん、これぐらい待ちぃや!」 と。

私の近辺には家が壊れても心が壊れそうになっても、命を失った知り合いはいなかったから、
この一言は堪えました。
どうしてるやろかあのおばちゃん。
私の中では思い出になりつつある事だけど、
現在進行中の人へ…
ごめんなさい。
「がんばってください」とも言いにくいです。

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コメント

11年前に、社会人第一歩として勤めた会社を辞めたのですが、
本社の買収劇があって、東京から神戸に移転したためでした。
移転した翌年でしたよ、震災があったのは。
辞めなかった同期の子から、間接的に話しを聞いていただけ
なので、実際に現場にいらした方のお話に、コメントをつけ
させて貰うのは、気が引ける、と思いつつ…。
もう、10年にもなるのですね。
バス停留所のおばさんの話し、沁みました。
おっしゃるとおり、安易に「頑張ってください」とは、言え
ません…。
ただ…。
震災直後と現在の被災地の写真を撮っている方の作品がTVで
紹介されていたのを見たのですが、人間の底力を感じました。

う〜ん、取り留めないですね。

投稿: あろまる | 2005/01/25 12:07

あろまるさん、コメントいつもありがとさんです。
Blogのほうは、みずともさんとこから辿ってちょとロムってました。
美人だわ、お家かっこいいわ、ダンナさまの仕事素敵だわ、だわだわです。

あろまなお仕事も素敵ー。
私も以前はアロマテラピーな本を買ってみたりしたっけ。
今でも死んでいるオイルがどこかにゴロゴロ転がっているハズ、、、。
いくら調べても何だかわからない友人の外国みやげのオイルとか(笑)。
今ではたくさん出回っていますよね、昔?はニールズヤードな私でした。
(ぜんぜん神戸とは関係ないしー)

投稿: ごだま | 2005/01/26 00:33

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