« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010/11/17

ペンチが折れた

A55F1040-43EA-4C93-961A-7C9CF2B5351C

ひーっ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010/11/12

こっこ

ばたばたしている中、これだけは外せないと、zepp TOKYOにcoccoのライブに行ってきた。
先行販売で当選し、1Fのスタンディングで臨んだ。
まぁ、坐骨神経痛もあるので、立っているほうが楽なんである。
(ちなみに坐骨君、右から左へも拡大中で、ほぼ両足・両臀部が痛む痺れてる状況、あうう)

さて、3年ブリのcoccoである。
入るのに待っていたら、背中をこつかれた。
なんと懐かしのお嬢様、こちらは10年ブリである。
3000人くらいは入る箱なのに、何の因果(笑)でしょうかね、三原とcoccoか?

ライブは60分の予定が120分の大大大サービス、歌いっぱなしでもうありがとうがいっぱいでした。

偶然の出会いのお嬢様と、もう少しお話できれば良かったなぁ!とか思いつつ帰りの駅へ向かうと、
エスカレーターで奇跡の再開(爆笑)、恐ろしい因果である。

しかし10年以上会ってなくても、変わりなくお話できるのは、それだけ濃いchatやらをしていたということでしょうか。
さらにちなむと前日の11月10日は、あのおでんの日(謎ばかりですみません、相方やお嬢様達と初めて東京でオフした日なのです)。

月が遠くで呼んでましたか?
今回はマフラー飛んできませんでした(謎)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010/11/11

Poppy Day 箸の日や下駄の日でもある

ベルギーのイーペルに立ち寄ったのは2009年のGWで、3年に一度の「猫祭り」が目当てだった。


参考:Ieper http://www.toerisme-ieper.be/en/home.html

イーペルの町のことを調べているうちに、「ラストポスト」のことを知る。

そして、イーペルも含まれるフランドル地方は、西部戦線(第一次世界大戦)のときに初めて人類に毒ガス兵器が使われていたり、町は3度の市街戦で廃墟となってしまった事、広島と姉妹都市関係にある事などなども。

「ラストポスト」は1929年の11月11日(第一次大戦終結の日)より、毎日夜八時から行われている追悼の儀式だ。まぁ、軍隊が引き継いでいるからだろうが、毎日である、80年以上も毎日だ!
ヨーロッパでイーペルは日本の広島や長崎のように追悼の町として扱われているようである。

 当日、イーペルにはブリュッセルから日帰りのバスツアーを利用した、祭りを見るのにチケットも必要だし、まぁバス使ったほうが帰り楽だし。
でも、祭りのあとイーペルを出発する予定時間では「ラストポスト」を観るのは無理。
うーん、正直「猫祭り」より「ラストポスト」を見たい、でも諦めていた。

 祭りが始まる前にイーペルの街中にある「In Flanders Fields」ミュージアムにも訪れた、戦争記念館である。
街中は猫さんな日本人の観光客だらけで、それでもミュージアムに来ている日本の若者が何人もいて妙に嬉しく思ったり。

そしてミュージアムの中でレッドポピーのことを知る。
第一次大戦が休戦した11月11日が「Poppy Day」、恥ずかしながら知らなかった。

赤や緑の羽根募金のときのように、募金をすると赤いポピーのお花をくれる。
で、なぜ?赤いポピーが象徴なのか?と。

第一次大戦時、フランドルの丘でも激しい戦闘があり多数の死者が出た。初めてマスタードガス兵器を使用した場所でもある。
丘のぬかるみに塹壕を掘ったり、兵士に踏み起こされたりして休眠していたポピーの種が芽吹き、
翌年いっせいに開花したそうだ。特にイーペルの「フランドルの丘」のポピーがかつてないほど咲き誇ったそう。

真っ赤に咲き揺れる一面の芥子の花たち。
残った人々はどんな思いでそれを見ただろうか。

戦線にいたカナダの兵士ジョンマクレーさんが「In Flanders Field」という詩を書き残している。カナダで一番有名な詩らしい。


 ミュージアムショップで、赤いポピーのプリント傘を買い、猫の行列などをみた。
猫はかわいい。
575_2

祭りが終わり、ツアーの集合場所であるところの「ラストポスト」が行われる門の近くに行くとバスが遅れている!ありがとういいかげんな運転手!
おかげでじっくりとラストポストも見学できた。

556_6


そういえばイーペルに行く前、ブリュッセルで見かけた晩餐会。
パッセージにテーブルと椅子を並べて外での会食だ、なんか妙だったが演出にKENZOパフュームのインスタレーション、イミテーションの赤い芥子の花の絨毯。
こちらは昨年のTVCMのよう。

ベルギーと聞くと赤い芥子の花を思い出すようになってしまった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/11/10

文庫ネタはしばらく続くかも

三原順さんの文庫、まだ探しにいってまへん。

コミックナタリでも話題になってましたね、ええことだす。

日渡早紀さん、ブログで語ってました↓
http://blog.goo.ne.jp/purasunikki/e/8e769f5ba6869a3a476b737f5afbf98d


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/11/06

懐かしい場所


帰っています。

一週間ほど帰省してました。
骨折で入院してた母が三ヶ月過ぎてきたので次のステップへ。

まだ自宅は困難なのだけど、透析しながらリハビリ出来る療養型のところがなかなか無い。入っている病院も大きい所で療養床もたくさんあるのに透析してる人は無理だと…。

近くの透析専門病院の療養施設では、インシュリン打っている人はダメ。
ようは、糖尿病性腎症の人の受け入れ先は、かなり狭いということだ。都会でも困るのに地方では選択肢はないだろう。

何かに呼ばれたように動いたおかげで、入れそうな老健(介護老人保健施設)が見つかり、そこへ入所やら用意やらでワタついてきました。

一旦、これから透析を受ける病院に検査入院してから老健へ。

老健のある所は、母の本籍近くで縁があるところ、まぁ2年も住んでなかったそうだが。

思ったより看護師さんもいて安心。
提携先の眼科へも車椅子ごとワゴンで送迎してくれる。

眼科に付き添いで一緒に行き、帰りは徒歩でと外出届を出して冒険、iPhoneのナビがなくては出来ない荒技、方向音痴の私でもなんとかなっ
た。

母はほとんど見えないのだけど、方向音痴ではない(笑)。
眼科から出て、あらかたの場所を告げると53年前の記憶がよみがえり、私に指示をする。

言われた通りに車椅子をおして散策すると寺の場所なども確か。あそこらへんの八百屋でツワリの時ミカン買ったとか、よーおぼえてはるわ。

つるつる進んで曲がって、なんと新婚当時に住んでいた辺りに到着、ここで姉を生んだと、もちろん家は残ってないが。
翌日、姉も連れて行っといた。
区画整理されてなかったからだなー、あまり良い思い出はないらしいけど、なんか繋がった感じ。

母が自宅に帰れるかどうかは難しいけど、なんとも濃厚な一週間でした。

写真は商店街でやってたミニ懐古展から。Photo


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »